コラム(各種情報)

新第4回 万次郎の決意

植村 貴昭
この内容を書いた専門家
元審査官・弁理士
行政書士(取次資格有)
登録支援機関代表

 

 

弁理士の事務所を後にした佐掘万次郎は、まだ夏の湿り気が残るオフィス街の風を頬に受けながら、ゆっくりと歩みを進めていた。

「万次郎さん、何をそんなに考え込んでるんですか? まさか、もうサボる算段ですか?」

隣を歩く同僚の松田理子が、半ばあきれたような視線を投げかけてくる。普段の万次郎なら、「いやぁ、知恵を使ったら急にお腹が減っちゃってね」などと軽口を叩いて交わすところだ。しかし、今の彼の表情にはいつもの緩みがなかった。

「理子ちゃん……さっきの植村先生の話、胸に刺さったよ」

「え? 大手から訴えられるかもしれないって話ですか?」

「それもあるけどね。僕が痺れたのは、その先だよ」

万次郎は立ち止まり、高層ビル群の合間に広がる青空を見上げた。

一晩で謎のコードを書き上げ、「俺の最強のゲームだ!」と目を輝かせていた社長の顔が思い浮かぶ。シュレッダーに書類を放り込む爽快感をRPGにするという、一見すると悪ふざけのようなアイデア。他社の権利を侵すリスクに怯え、なんとか暴走を止めようと駆け込んだ特許事務所だったが、そこで示された道筋は「防衛」だけではなかった。

知財を「守る」だけでなく、事業を「優位に進める武器」として使う——。

「うちの社長のアイデア、確かに無謀で破天荒だけどさ。あの熱量だけは本物なんだよね。他人の権利を怯えてコソコソ隠れるんじゃなくて、もしあのゲームに僕たちのオリジナルな価値があるなら……ちゃんと『特許出願』をして、世の中に堂々と胸を張って送り出したいじゃないか」

「万次郎さん……」

理子は驚いたように目を丸くした。いつだって「サボリーマン」を決め込み、面倒な仕事からは上手に逃げ回っていた男の口から、そんな熱い言葉が飛び出すとは思ってもいなかったのだ。

万次郎はくるりと振り返り、ビシッと自分のスーツの襟を正した。その瞳には、普段の泥臭い営業活動では決してみせない、確かな決意の炎が宿っている。

「『知らなかった』じゃ済まされない厳しい大人の世界だからこそ、正しく戦うための鎧を着なきゃいけない。先行技術調査でリスクを徹底的にクリアにして、もし独自のシステムとして成立するなら、僕たちの手で特許を申請する。社長のあの暴走を、ただの迷惑行為じゃなくて、ザウルスの新たな『最強の武器』に変えてやるよ!」

「……ふふ、珍しくかっこいいこと言いますね。サボる暇、完全になくなりますよ?」

「望むところさ。営業マンのネゴシエーション力を見せてやる。まずは会社に戻って、特許出願を見据えた最強の提案書を一本、書き上げるとしよう!」

夕暮れに染まり始めた街並みの中、万次郎は力強い足取りで歩き出した。自分たちの挑戦とアイデアを、知的財産という確かな盾と剣で守り抜くために。サボリーマンの胸に灯った情熱は、もう誰にも消せそうになかった。う!

©植村総合事務所 弁理士 植村貴昭